2012年6月1日金曜日

Rain Dancing Vanity: 2011年10月


 ネタばらしをすれば、やはり世の識者に頼ることにした。

 アンチョコは佐藤優氏の「テロリズムの罠」(左巻・右巻)だ。2009年2月。
 既に彼の著作は何冊も読んでいるがたまたま手元にあったこの二冊でいいかなと思われた。

 ご本人が起訴休職外務事務官の頃にウェブブログに書いたものを加筆・編集しているそうなので、最初からきちんと項目立てされているわけでもない。なにか系統だった学術的なものを期待しているとまるで違うのでガッカリするだろう。
 
 さらに彼の場合は、特に原典の引用が長い。アカデミックな世界やインテリジェンスの世界ではそれは当然でも、雑誌や新書版だと「行数稼ぎ?」と受け止められかねないのではと心配になる。

 またこれは私個人の志向だからどうでもいいが、彼の本業であった対ロシア・インテリジェンス時代の話に関する興味も残念ながらあまりない。なぜなら、インテリジェンスは普通に考えられているのとは違って、ひっじょーに根気のいる、とっても退屈で、性急な成果を求めることのできない仕事であると薄々知っていたからでもある。

 書き手が悪いんじゃない。中長期的視点から国際情勢を紐解くという作業は元々派手さはないし退屈にならざるを得ない。それでいいんですけどね。ジェームズ・ボンド、ジェイソン・ボーン、ジャック・バウアーの3JBが大活躍するような世界はやばいっすよ。血湧き肉踊っちゃダメでしょ。もっとも彼らは「工作員」でしょうけど。

 ただ、インテリジェンス全般に関して彼が述べていることは傾聴しているつもりだ。インテリジェンス分析官はおしなべて悲観主義者だそうである。その描くシナリオは常に最悪のケースを想定する。だが同時に、「悲観主義者とは、十分な情報を持っている楽観主義者」であるそうだ。

 また国家はその規模に応じただけのインテリジェンス能力を有しているので、一般に考えられているように日本がダメというわけではない、というのもうなずける。少なくとも(元)手前味噌ではないはずだ。自分から「こんなに頑張ってますよ」と申し立てるインテリジェンス機関なんてないだろうし。

 それからロシア関係、最近ではプーチン再登板に関する話などは、彼の見立てを信用することにしている。北方領土問題については「この人まだ何か言ってないことあるよね」と注目している。

 一方で、こちらの興味のせいもあるだろうが、神学、国際政治学、社会学、経済学などを踏まえた現代社会(国内外)に関する考察はとても面白い。

**********

 そのうち新自由主義に関する部分が今回のネタ元。

 マルクス経済学を理解しなければ、新自由主義がもたらした今日の問題が資本主義に内在する宿痾(しゅくあ)であることは理解できない。 
 一方で新自由主義のもたらした「格差」あるいは「貧困」はいかにして克服できるのか、一歩間違えれば世界はファシズムへの道を再度突き進むのではないかと心配されるが、これは回避できないのか。

 ああ、退室は自由。でもマルクス経済学の中身のことなんて、ここにはほとんど登場しません。
 自慢じゃないが私が学生の頃はまだマルクス経済学は必須だった。もちろん劣等生だったけど。他にやること一杯あったもんで(笑)。

 なお、最初にお断りしておきますが。右巻のまえがきになんと、パレートが登場する。
 実は私もさっきそれを知って唖然とした。一度ざーっと読んだときには目に留まらなかったんだけど。

 もしかしたら今まで苦労して書いてきたことが全部載っているとか? しかも私の理解が間違っていたとか?
 もっと恐ろしいのは「お前、その本ただパクッただけじゃねえの?」となってしまうことだ。
 
 まえがきに「戦前の日本でもファシズムの理論家として紹介されている」と触れられているのみであった。本文には登場しない。一安心。


震えIIの余震のためのスクリプト

 あー、もうこんなに長くなってる・・・。今回で終わろうと思ってるのに。

**********

 可能な限り要点だけまとめていく。実は「まえがき」と「あとがき」にほとんど書いてあるんだけどね。その意味は内容を読まないとピンとこないかもしれない。

 なお本書の時代背景を羅列すると、安倍政権自壊(2007/9)、「蟹工船」流行(2008/1高橋源一郎・雨宮処凛対談、2009/7リメイク映画上映)、秋葉原の例の事件(2008/6)、ロシア・グルジア戦(2008/8)、リーマン・ショック(2008/9)、年越し派遣村(2008/12)、オバマ大統領就任(2009/1)など。

・リーマン・ショックは、新自由主義に基づくグローバル資本主義が終焉を迎える前触れではないか。それとも(大衆はただ搾取されるだけの原材料となる)純粋な資本主義への移行が進むのか。

「新自由主義は、アトム(原子)的世界観をとる。ばらばらになった個体(個人・企業)が市場での競争を通じて、最適の配分がなされると考える。新自由主義を究極まで推し進めると「規制緩和」ではなく「無規制」になり、「小さな政府」ではなく、「無政府」になる。
 新自由主義は、国家を認めないアナーキズムと親和的なのである」 

 上の部分を引用するだけで、もう私が言いたいことの準備は大体終わりました。とはいえ、それじゃよくわからんと言われるだろうから、「国家」が登場する部分をかいつまんで言う。そのまま引用だと長くなるんで。

・競争に勝利しても暴力によって成果を簒奪される。そのことを避けるため、新自由主義であっても合法的に暴力を行使できる「国家」の庇護が必要である。新自由主義が称揚したグローバル資本主義が、唯一のスーパーパワーとなった米国と結びついたのは当然である。 

 佐藤氏は、日本における小泉・竹中の新自由主義「改革」が「格差社会」を生んだという糾弾について、あの「改革」は必然であり避けられなかったという。冷戦後(ソビエト崩壊後)、それまで社会主義革命を阻止するため自ら社会主義的政策(たとえば社会保障)を取り込んでいた資本主義各国は、その脅威が去ったので本来の資本主義、新自由主義の世界に露骨にシフトしていった(大きな政府から小さな政府へ)。

 資本主義は、その全身が社会主義に汚染されることを真剣に恐れ、自らその一部を取り込むことで、比喩が適切かどうか知らないが体内に「抗体」を作ったといえるのかな。だから目的は友愛でもなんでもなく、自己防衛反応であったというのは昔から私も納得している話でした。

・また市場原理主義から、デリバティヴなる投機目的の商品が生まれるのは必然であった。そのような賭博経済が破綻するのも明白であった(リーマン・ショック)。第二次大戦後初の不況が世界を覆い、各国は国家機能の強化を図っている。

 出版時点では、ギリシャまじやばい問題はまだ表出していなかった。でも私は、アメリカほど新自由主義が蔓延しているわけではない(社会主義的政策も色濃く残る)西欧各国がこのままもとの木阿弥、分離すると言うのは考えにくい。やはりあれ(EU)は二度の世界大戦でもう懲り懲りしたヨーロッパ各国(エリート)の叡智なんだろうと思うから。もちろん通貨統合はグローバル資本主義的発想が忍び込んだものだろう。各国の規模を見ればドイツはともかく、フランスがギリで、後はとても単独で戦えないから。

・しかし、新自由主義において個体に分断された人々は民族や国家としての連帯感が希薄となった。

 ここで佐藤氏は、当時日本を騒然とさせていた非正規社員雇用の問題、労働組合の連帯感の希薄化、あるいは株主利益重視主義の蔓延に伴う企業リストラの横行などについて触れている。 

 一旦ここでまとめ。

 「新自由主義は、アトム(原子)的世界観をとる」

 私は、おそらく全ての問題はここで言い切れるんじゃないかと思っている。


減量の競技者の鋳造

 この間「実力主義」とかバッカじゃねえの、と書いた。さすがに大手企業でも言ってるバカはもういないんじゃないか? 何、あなたの会社はまだ言っている? ・・・だいじょぶ?
 「実力主義」とは、アトム化した個々人が自分の業績を最大化することによって(あるいはあたかもしたかのように見せかけて)、受け取る報酬も最大化することだ。つまり隣の席の同僚は「赤の他人」どころか「敵」だ。なぜならゼロサムゲームが前提にあるから。

 その集大成が新自由主義の市場経済であるから、企業も同様の行動をとる。本来必要なら協調すべき同業者は、叩き潰すべき(呑みこむべき)敵だ。周りを出し抜くのが一番賢いプレイヤーだ。あるいは疑心暗鬼こそ経営者の務めだ。アップル、グーグル、MS、Sバンク。
 
 資本家も同様だ。株主などの利益代表者は皆それぞれの利益最大化を狙う。理屈上企業の業績はコンスタントに成長させなければならないが、そもそも業績が出るのを悠長に待ってなどいられない。四半期決算? バカ、戦争終わっちまうぞ!

 当然、即座に手に入るキャピタル・ゲインを狙う。キャピタル・ゲインを提供できない(簡単に言うと株価を上げられない)経営者はあっさりクビチョンパ。それが怖いから業績を取り繕う。よくわかんない新事業でもぶちあげよう。とはいえ新事業なんて早々実るものではない。しかも最近はアナリストも賢くなってきてそんなものは眉唾だという。手っ取り早いのがリストラ。従業員レイオフ、カットが一番簡単だ。

 そしてせっかく減った人口です、株価が上がったからって 、どうしてまた増やす必要がありますか? テンポラリー・スタッフでいいんじゃないですか。トータル・コストも安いし人数は変動させやすいし(日本の場合、正社員は簡単にそして安価にはカットできませんよ?)。

 でも、やっぱ株式は最終的に企業業績(実体経済)に左右されるからつまらんね。もっと速攻で儲かるものはないのかね? お客さん、ございますよ、デリバティヴ(私はこんな用語が生まれた当時知らずに、古き良き時代のヘッジ手段、オプション・フューチャーを含むと知って驚愕したおぼえがある。あの頃から破滅の序曲は奏でられていたのか)。為替でも、原油でも、農作物でも、天候でも、あなたの借金でもなんでも組み込みますよ。

 でもみんな同じこと考えるんだよな。結局睨み合いの手詰まりで旨みがない。
 仕方ありませんね。ローンなど絶対組めない貧乏人に不動産(家)でも買わせますか。そいつらへの債権を証券化すればなんとかなんでしょ。ろくでもない連中だけど全員がこけるわけでもないし。もしかしたら家を手放したくない一心で馬車馬のように働くかもしれんし。グリーンスパンも見逃すいうてるし。なんか格好いい名前でもつければみんな騙されんじゃねえの、サブプライムとか。

 さて、あとは何を言っていないんだっけ?

 そうそう、「カラー革命」や「アラブの春」とブルックリン橋や日本のどこが違うか?

 だって東欧も中央アジアも北アフリカも中東も新自由主義じゃないから。大衆がアトム化していないから。あれだけの圧政が続けば、きっかけさえあればそりゃ集うでしょ。連帯するでしょ。隣の見知らぬ人は「赤の他人」だなんてとんでもない、「共闘する同志」でしょ。まだアトム化されていないアメリカや日本だって大衆運動はたくさんあったでしょ。
(もっと言えば、東欧や中央アジアは私はわからんけど、北アフリカや中東ではそういうときに暴れる男性が尊敬される、もてる、格好いい、リーダーになれるから、男前だから)


ヴィーナス·ウィリアムズウィンブルドン"のセレナが落ちる"

 アメリカでは残念ながらそこまで集まらんし、爆発的にもならないと思う。私も最初は、先進国の人はオポチュニティ・コストが高いから、と思ったけど違う。アメリカの場合、隣の他人は「同志」ではなく就職を争う「敵」。そのうち就職が決まる者が出てくれば、ぽつぽつ抜けていく。ババ抜きではないが、最後悲惨な結末にならないかと心配している。

(追加:思い出した。たしか丁度この佐藤氏の書籍がカヴァーしている時代、日本でも同じ問題ありましたね。「企業の新卒採用がない」ことに不満の大学卒業生がデモ集会らしき活動をやっていた。代表者たちは「朝生」にも呼ばれていたんじゃないかな。あれがどういう結末を迎えたか。そもそも結末すら報じられませんでしたね・・・)

 日本に関してはもっと悲観的。佐藤氏が言うように、日本の場合すでに「差別」の構造がはじまってしまっているのではないかと心配されるから。差別構造を「社会的耐エントロピー構造」と呼ぶ説があるようだが、ある属性、例えば赤毛の子は仲間の子供にからかわれるけど、社会の中に均等に分散していって(エントロピーが増大して)、やがて溶け込んでしまい別に差別はされない。同じように百貫デブはどこにでもいるから、からかわれるけど差別対象ということはない(ケンカすると強い場合もあるし)。

 だがある属性がそうやって分散せず、社会のどこか特定の部分に集中して留まってしまう傾向がある、つまり耐エントロピー構造があると、これは差別の対象になりうる。

 そもそも「派遣村」のスタート時に、「こいつらほんまに働く気あんのかね?」らしきことをのたまった政治家がいた。官僚ではない、日本人が選んだ政治家だ。官僚は賢いから絶対にそんなことは言わない。多数の日本人の気持ちを代弁していないと言い切れますか?
 そして震災が発生してからこの方、もはや非正規労働者の話題なんて、マスコミは誰もしない。正社員のほうだっていつリストラくらうかわからないから、同情すらしない。もちろん企業は、政府があれ以降面倒臭いこと言い出したからそもそも雇用しない。

 明るい話するっていったよな? どこが明るいんだ?

 言っていません。暗い話で終わるのはどうか、とは言った。

 まず佐藤氏のいう、日本国家の向かう三つのシナリオ。

・新自由主義から脱却できずそのまま弱体化。
 (滅びへの道、座して死を待つ道)

・シンボル操作によって排外主義を煽りたてて、国民の活力を国家に糾合する。
 (後に出てきますが、ファシズムですな)

・日本で生活する人々が、国家の干渉を極力廃止、相互扶助、贈与を行なうことで社会を強化していく。その結果、国家が強化される。
 (佐藤氏のいう右翼的、保守的発想)

 ここでは佐藤氏はこの中では三番目しか選べないんではないかと述べている(下では違う道も示している)。

 ちょっと待て。そこまで行き着いたら大衆革命だろ!

 きっと、ここからお読みになったんでしょうね。歴史はエリート集団からもう一方のエリート集団へ権力が引き渡される繰り返し、という話をずっとしてきました。だからたとえ大衆革命が成功したとしても、次に登場するのは、結局今と実質変わらないエリート集団です。
 だって、あなた方政権交代とやらでつい先ごろ経験したんじゃないんですか?

 わかった、クーデターだ!

 職業軍人は官僚です。自衛官の「官」ってなんだと思ってました?
 官僚支配なら、軍人以外でも行き着く先は一緒。お隣に軍人かつ官僚である階層が支配する国があるじゃないですか? 結局別のエリート集団に権力を委ねるだけで、上と変わらない。
 軍隊怖いとかそういうのはこの場合関係ない。そもそも日本の軍隊は排除すべき相手以外の日本人に銃口を向けないんじゃないかな。宮崎駿のアニメ以外では。


(エジプト・カイロ中心部で群集が集結していたとき、鎮圧のため出動した戦車を見ていたら、初日M-60とかすごい旧式の戦車だったのが、二日目以降は最新式M-1エイブラムスに代わっていた。テレビにずっと映って見てくれ悪いから変えたのかと笑っていたけど、当初M-1戦車を取り囲んでいた国民がやがて後ろ(エンジン部)や砲塔に坐りはじめた。することがなくて暇そうな戦車長がハッチに腰かけてそれをずーっとただ見ていた。
 ああ、エジプト陸軍ってやっぱ国軍、国家エリートなんだなあ、とわかった。国民に銃を向けるのは決まって党の軍隊か私兵だかんね。その後、治安部隊との小競り合いはあったようだが、あれは大統領の親衛隊みたいなもん、私兵でしょう) 

 ただ、佐藤氏は、別の部分でこのような処方箋も書いている。 

○社会による道。
・日本の伝統である「一味同心」(同じ心になって力を合わせること)、極端な富裕も貧困もないのが日本であるという右翼的文化の影響を拡大する。伝統や社会的慣習で資本主義の純粋化を食い止める。保守的な方向。
・あるいは労働組合の力によって雇用確保、賃上げ、労働強化反対など改良闘争を目指す左翼的発想。

○国家による道。
・国家が経済過程に(自由主義原理をできるだけ尊重して)介入し富の再配分を行なう。
 設計主義、構築主義によって理性的な社会の建設を目指す社会民主主義システムを用いる道。
・理性を信頼せず、神話による動員で国民の一体性を確保する道。ファシズム。

 ところが社会民主主義システムは、政党、労働組合、宗教団体など国家に依存しない中間団体が圧力団体となってはじめて機能する。アトム化によってそうした中間団体が解体された場合はそういうシステムの実現の可能性が低い。その場合ファシズムが有効性を持つ思想として登場する可能性がある。ファシズムという名前はもちろん用いないだろうけど。

 なんだかどれも遠い道のような気がすんだけど。右翼はいやだなあ。でも労働組合なんて機能してる? 社会民主主義システムなんて日本にもう移植されてんじゃないの? 

 佐藤氏は、おそらくそういう感想をわかって書いている。そもそもこの書籍のテーマである、日本にファシズムの思想が生まれる危険性を示しているのだろう。

 だが上にも書いた。インテリジェンス分析官は悲観主義者だが、「悲観主義者とは、十分な情報を持っている楽観主義者」であるそうだ。
 そして不安に満ち溢れた悲観的なリアルを正面から見つめて、楽観的な解を導き出す。それがインテリジェンスの幹部の役割でもあるそうだ。

 基本的に電気が蓄積されることはないのを知らずに、ピークタイムだけではなく、24時間のべつ幕なし「節電」する日本人って本当にバカだなーと思う。関東・東北以外で「節電」しても本来あまり意味がないのを知らずに「節電」する日本人もアホやなーと思う。でもそのおかげで、本当にベースロード(つまり核燃料発電が担う分の一部だ)が削減できる分まで節電しちゃったかもしれないくらい効果が上がったのだったらバカってスゴイなとも思う。

 佐藤氏の言う中では(彼は保守と右翼があまりにダメで情けないから挑発的にわざとそう言っているんだと思うが)、右翼・保守的方向が一番の道ではないかしら。今日明日に実現するものでは、そもそもないけれど。

 

 



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